喚ぶ音

とんとんとん。

は〜なこさん。


とんとんとん。

いらっしゃいましたらおいでください。


3階の3番目のトイレは花子さんのトイレ。
小学生の時、本で花子さんの話を読んだ後は
3番目のトイレ以外にも行けなかったのを覚えている。

友達みんながこの話を知っていた。
本当はみんな花子さんなんていないって知っていた。
でも小学生の私たちには十分怖くて、面白かった。


「4時44分は特に花子さんが出るんだって」
「放課後には絶対トイレに行っちゃいけないんだって」

「花子さんに連れて行かれるから」



誰から聞いたのかそんな話。
でもみんなが知っていた。
なぜ4時44分なのだろう。
小学生ならまだしも中学生に4時44分は早すぎる。
中学生になって花子さんの名を口にすることはなくなったけれど、
それでも4時44分になるべくトイレの中にいないようにしていた。


なぜ今そんな話を思い出したのだろう。
真由美は職員室の蛍光灯を見上げた。
中学卒業以降、高校でも大学でも
そんなこと、一度も思い出さなかったのに。

そうだ。
面白いから生徒たちにこの話をしてあげよう。
きっと花子さんを知らない子もいるだろうから。
元々好きな帰りのホームルームの時間がさらに楽しみになった。


「4時44分3階の3番目のトイレには花子さんが出るんだよ。
遅くまで学校に残っていたら花子さんに連れて行かれちゃうの。
だからみんな早くおうちに帰ろうね。」

最近の子はませていると言われているけれど
やっぱり小学4年生は小学4年生。
今日はみんなちゃんと早く帰っていった。
いつも自分に苦労ばかりかけている生徒たちが
あんなに怖がっていたのを見て真由美は少し可笑しくなった。

―花子さんなんていないのに。


4時半の下校時刻には生徒たちはみんな校舎を出ていた。
校舎の中は、静かだった。
放課後の職員会議に出る前に真由美はトイレに寄った。
4年生の教室のすぐそばにある3階の女子トイレ。

それにしても何で4時44分なんだろう。
別に4時44分じゃなくてもいいようなものだけれど。
用をたしながらくすりと思い出し笑いをした。
「そういえば今何時だろう」
職員会議は4時50分から。
ふと思い出して真由美は左手の腕時計を見た。

4時44分

デジタルの数字が表している。
「4時・・・44分」
少しだけ鼓動が早くなる。
「小学生じゃあるまいし、花子さんなんて本当はいないの」
少しあがる口元をよそに鼓動は早くなっていく。


とんとんとん。


かすかにドアをたたく音。
「誰?!」
激しく打つ鼓動を抑えて真由美は言った。
返事はない。
真由美はとんとんとんとノックを返した。

花子さんなんていない、いない、いない、いない―

真由美は震えた手でトイレのドアを開けた。
誰もいない。
「なんだ、怯えて損したじゃない」
まだ少し震える手を洗って、職員室へ向かった。
やっぱり花子さんなんていない。
小学生が作り出したただのお話なんだ。

それにしても放課後の学校って何でこんなに静かなんだろう。

職員室ドアを開けるとそこには灰色の机があるだけだった。
他の先生たちはまだ一人も来ていない。
もう誰かほかの先生がいてもよさそうなものだけれど。
時計はまだ4時44分を表している。

何事もおかしいと思ったときにはもう遅いのかもしれない。
学校中くまなく探しても誰もいない。
他の先生も生徒たちも、もちろん花子さんも―

学校には誰一人いない。
真由美を除いては。




時計はまだ4時44分を表している。
2011年04月26日 | Comment(1) | 短編
この記事へのコメント
◇喚ぶ音について

大学時代に書いたお話です。
2006年の5月頃、当時やっていたブログに掲載しました。

私はホラーをよく読みますが、
読んだ後は決まって夜トイレに行けなくなります。
Posted by ゆきな at 2011年04月26日
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